2009年02月05日

バブルと適正価格?

今回の不景気は
・サブプライムローンのこげつき
・リーマンなどの破綻
・原油価格の低下
・中国特需の減退
などが絡み合って同時に発生しているのが原因の1つと言えると思います。
これらはそれぞれ
・住宅価格
・金融商品
・原油価格
が適正価格ではなく、どんどん価格が上がっていきバブルの状態になっていました。
それが崩壊し適正価格に戻り始めたため、ネガティブスパイラルに入ったと言えると思います。

さて、ここまでの話は巷で言われているようなことです。
しかし、実際、バブルってなんでしょう。適正価格ってなんでしょう。
よく適正価格ではないこと、高かったらインフレ、安かったらデフレと言います。
では、適正価格ってどうやって決まるんでしょう。誰かが決めているの?
もちろん、誰かが決めているものではなく、市場に出て決まるものでしょう。

実際には消費者物価指数など何らかの基準はいくつかありますが、個人的には大きな意味はないと思います。
過去と比べることに何の意味があるのでしょうか。
国としてどの産業をどれだけ伸ばすのか、それとも現状維持なのか、縮小させるのか、それによってその数値がもつ意味が変わりますし、
需要と供給のバランスによっても変わるからです。

閑話休題。適正価格の話に戻りましょう。
ざっくり言うと、ものの価格というのは欲しい人がこのくらいまでなら払いましょう、このくらいなら買いません、
という需要する側の心理と、供給側のコストによって、絶妙なバランスの上で決まっていると思います。

現在、日本ではユニクロやマクドナルドが元気です。
AppleもiPod, MacBookが相変わらず好調です。
不景気だと言っても、高いお金を出して買う人はおり、売れているものはあるわけです。
売れているものは多少値段を上げても売れます。
売れる量は減るかもしれませんが、一気にゼロになることはないでしょう。
値段はテキトーだということです。生き物だということです。

ここまで書いてきましたが、言いたいことは、価格は誰かが絶対的に決めているものではなく、相対的なものであること。
バブル状態になって、崩壊したら経済危機が発生してしまうのなら、
最初からバブル状態をつくらなければいいんじゃない、
ということを言う人がいるかもしれませんが、価格は生き物です。
欲しい人が殺到すれば価格は上がります。
ですので、今後もバブルを避けることはできないでしょう。
(バブルが発生しやすい、あるいはそれを誘発するような金融商品を禁止すればある程度の抑止にはなると思います。)

では、どうすればいいのか。
アンテナを張り巡らし、いち早く次のバブルに乗って蓄えをつくることです。
バブルに乗る、というと聞こえが悪いかもしれませんが、儲けられるときに儲けておけということです。
普通の商売と同じですね。

いまはネガティブスパイラルに入ってしまって消費が冷え込んでいますが、景気を回復させるには消費行動が必要です。
そのうち、いつか何かが流行ったり、どこかの国で特需が発生したりすることによって、世界の景気は回復していくでしょう。
ちょっと前で言うとBRICsやVISTAなどがありましたね。

さて、少し身近な話をしますが、経済が活発化すると給料が増えるのは周知のことと思います。
しかし、いまは消費が冷え込んでおり、経済が活発ではありません。
このせいで給料は減らされます。
給料を増やすためには、日本経済を活発化させることが必要です。
日本経済を活発化させるには内需拡大が必要です。
つまりは、日本の会社の製品・サービスを購入することにより、経済が活発化し、給料が増えるということです。
ネガティブスパイラルはみんなの消費行動で断ち切れます。
こんなときこそ、色々買いましょう!国内の製品を。
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2007年01月14日

気づいたら・・・

昨日1月13日土曜日、1月12日はスキーの日だったんだ〜、
とか考えながら先週の3連休で菅平に行った分ホットワックスを
のほほんと自宅で塗っていました。
(うちにはなぜかバイスとバイス台があるのです。。。)

それが終わったあと、横浜ベイクォーターで昼食を食べていると
n嫁さんから電話が。
nobuさん夫婦とうちの夫婦は大学時代からのスキー仲間なのです。
電話の内容は
「明日スキー行くよ。」(もう少し会話した気がしますが、一言に集約してみました)

今朝、気づいたら8時過ぎに富士見パノラマスキー場の上に立っていました。。。
おそろしや。。。

今日は大学時代からのほかのスキー仲間とも合流することにしたので、
総勢8人で滑りました。
天気は最高。風もないしリフトもコースも混んでなくて最高でした。
高速のICからも近いし、雪が少ないって言われている割に石もほとんど出ておらず、よかったです!
ちょっとかためのバーンに苦戦しましたが、今後の課題ですね。。。

これで今シーズンのトータル滑走は10日になりました。
先シーズン・先々シーズンともトータルで10日ずつくらいしか滑らなかったので今年はすごいペースだ!
と思ったのですが、合流した仲間4人のうち3人は
同じく今日が10日目だと。。。
みんな気合い入ってるね!

さて、来週は・・・
posted by replicants at 21:53| Comment(1) | TrackBack(0) | スキー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月09日

あけましておめでとうございます

だいぶブログを留守にしてしまいました。
楽しみにしていらっしゃった方々、すみません。

昨年秋に風邪をひいてから咳だけがなかなか止まりませんでした。
スキーに行けば治る、という思いで12月中旬を迎え、ニセコに行ってまいりました!
雪が少ないのなら雪のあるところへ、ということです。
初ニセコ、たくさん滑りました。
行った時期はまだまだ雪も少なくて全面滑走可にはなっていませんでしたが、気温は低かったため固いバーンだったので滑りやすかったです。
ニセコはバス(空港からスキー場)とリフト券のパックが安いのでおすすめです。
それにニセコは1日券や2日券のようなリフト券でナイターも使えるしおすすめですね。
ニセコのナイターはゴンドラも動いていますし!

それから年末に長野にある大学時代の先輩のうちにおじゃまして、志賀高原に行きました。
雪は相変わらず少なかったですが、第一回目の寒波がやってきたのでなんとか快適に滑れました。
志賀高原も北海道と同じく気温が低いので雪質はばっちりでした。
ジャイアントに雪があまりついてなかったのが残念でした。

そして年が明けて1回目の三連休。
また長野の先輩のうちにおじゃまして菅平に行ってきました。
寒波と低気圧の合わせ技で天気は悪かったですが、月曜日は晴れて楽しく滑れました。

というわけで、今シーズンの滑走日数はすでに9日です。
といっても、ナイターだけの日もあれば、午前中だけの日もありますが。
でも、スキーは楽しく滑るのが一番。
今年はすでにいろんなところでいろんなひとと滑る予定が入っています。
楽しみです。
次回からはスキーのレポートを書こうと思います。
今シーズンすでに行った分も気が向いたら書こうかな、と思います。
あ、あと年が明けたくらいから咳は止まっています。
やっぱり空気のせいですかねぇ。
ご心配をおかけいたしました。

最後になりましたが、今年もよろしくおねがいします。
今年がみなさんにとっていい年でありますように。
当ブログもよろしくおねがいします。
posted by replicants at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | スキー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

ハワイアンハンバーガーを食す

F1を見たそのあと、そのまま横浜ベイクォーターで新たにお店を開拓しました。
今回はKUA’AINAというお店。
ハワイアンハンバーガーのお店みたいです。
ホームページを見たら結構あちこちにあるみたいですね。

行列が少し空いて来た頃を見計らって並んでみました。
なんのことはないファーストフード形式なので回転も結構よく、すぐに注文することができました。
調理には10分ほどかかるらしいのですが、クレジットカードで払おうとしたら店員さんがクレジットの使い方を知らなかったので、時間がかかってしまい結局払うことができたころにはハンバーガーはできあがっていました。

さて、メニューですが、アボカドがおすすめのようでした。
といっても、アメリカのレストランらしく、トッピングで何でものっけることができるのでした。
自分はパイナップルが入ったものにしました。
1/3ポンドということで、かなりボリュームがありましたが、味自体がおおあじなのであまりお腹がいっぱいになるという感じでもありませんでした。
しかし、一緒に行った私の奥様はお腹いっぱいになったと言っていました。
アメリカンレストランに慣れすぎた弊害がこんなところに来ているとは。。

味や大きさやボリューム以外にもアメリカンレストランっぽいエッセンスがたくさん詰まったレストランでした。
アメリカを思い出しますねぇ。

普通にダイエットコーラがメニューにあったり。
ハインツのケチャップのボトルが巨大だったり。
バンズのつまようじが刺さっていたり。(ハンバーガーが大きすぎてはさんでも不安定なのでこれで留めるのだと思います。)
お魚がマヒマヒだったり。
スープがクラムチャウダーだったり。

もちろん、ダイエットコーラを頼みましたし、ケチャップもつまようじも使いました。
というわけで、つまようじを使って作成したハンバーガー、パイナップル入りです。
060909_burger.JPG

パンの種類や焼き方やお肉の種類(ビーフかチキンかターキーかマヒマヒか)選べますし、さっき言ったようにトッピングも選べます。
が、所詮はハンバーガーです。
アメリカはこんなお店ばかり。
どこでハンバーガーを食べるか、が違うだけです。
マクドナルドかバーガーキングかINN&OUTかデニーズか。
アメリカも懐かしいですが、バリエーションとか味とか栄養を考えると、やっぱり和食が世界一だと思います。
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2006年07月27日

近視のはなし

前回視力の話を書きましたが、wikipediaで近視を調べたところ、近視は成長とともに進むとのこと。
流し読みしかしてないので詳しくは見てないのですが、成長するにつれて目も成長するので、焦点がずれていくようです。
大人になっても視力がよいひとは、子供ころは遠視傾向にあるようです。
これに従うと、成長期に近視が進みやすく、成長が鈍化してきたら近視は進まなくなるということになります。
年をとって、目のレンズを調整する筋肉が弱くなってきたら、また度が進むみたいですが。
今回度が進んだのはなぜでしょう。。。
でも、成長期よりは度の進みが弱いので合ってるのかもしれません。

それから、目の検査で出る近視度合い(-4.00Dとかいうやつ)ですが、その数値どおりのメガネやコンタクトを使うことがその人が一番見えるようになるものでもないらしいです。
定量化できないってことなんでしょうか。
それとも、ひとが見ているものって、価値観とかによって違うのかもしれませんね。
度の強いメガネを使って見たくないものまで見えてしまうのがいやなひとと、いままでぼんやりしていたものがはっきりして、見えなかったものまで全て見えるほうが安心するひとがいるからでしょうか。
人って、自分が見ているものを知らず知らずのうちにフィルタにかけているのかもしれませんね。
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2006年04月15日

見ているもの

また続きですが、違う切り口で。

前も書きましたが、人には「見えているもの」と「見えていないもの」があります。
それから、「同じ世界を生きている人はいない」とも書きましたが、物理的に存在しているものは1つしかありません。みんな、同じ宇宙・地球の上で生活しています。
その「みんなが生活している世界」は、多くは「見えていないもの」から構成されていることになります。
なぜなら、自分ひとりでは経験できることが限られているからです。一生本を読み続けても、いままでに刊行された本・これから刊行される本の全てを読むことはできないのです。
そういう意味で「見えていないもの」で「みんなが生活している世界」は構成されているのですが、別の意味でも「見えていないもの」で構成されています。
それは、自分が見える範囲にいても見えないもの、です。
真っ先に思いつくのは空気でしょう。

空気は無味無臭の気体です。
普段生活しているときにその存在を意識することは多くありません。
無味無臭の気体はどんなものであっても、意識されることは少ないと言うことです。
そのような気体で言うと、いろいろな気体があります。サリンガス・自動車の排気ガス・アスベスト粉塵。
空気そのものの温度が上がっても、温暖化という自然に多大なる影響を与える現象となってしまいます。

液体に関しても、毒薬や薬剤が入っているかどうかは見た目ではわかりません。
透明の点滴を使用するときも、溶けている物質が違えば大事です。
酸性雨もそうです。phが少し酸性よりになるだけで、生態系には大きく影響します。
紫外線も宇宙線も同じです。

このように、見えないものの影響は気づくのに時間がかかったり、あるいは気づく方法が難しかったりするため、影響が大きくなると言えます。

見えないもの、環境に影響するもの以外にもまだあります。

音です。

音楽は人のこころを癒してくれます。
音楽が鳴る前と鳴った後で形が大きく変わるものはありません。

音楽だけでなく、人は言葉で会話をします。
メールや手紙、書類であれば、渡したかどうか、読んだかどうかなどは記録すれば、証明することができます。
しかし、言葉はそうはいきません。

言った言わない・聞いた聞いていないの水掛け論に発展することがあります。

証拠や記録を残す、というのは、それ自身の意味でも大事なことです。が、「見えないもの」に注意するという観点からも、大事にしなければならないことなのではないかなと思います。

本を読むとき、しばしば「行間を読め」と言われますが、もっともなことだと思います。

みなさんも「見えるもの」ばかりにとらわれず、「見えないもの」により注意を払う意識をもってはいかがでしょうか。
posted by replicants at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

相互理解

前回の続きです。

色がひとによって違う色に見えているかもしれない、ひとによってものの存在の認識が違うかもしれない、と前回書きましたが、みなさんもおわかりのように、これらははっきりいって詭弁です。
ただ、こういう考えで物事を見直すことで、新たな発見のきっかけになるかもしれないと思っています。

最後に書いた「人は誰一人として同じ世界に住んでいない」というのは、一番重要なことで、意識する必要があるかなと思ってます。
人というのは、一人では生きていくことができません。それはキャッシュフローとか、助け合いとか、社会の分業体制とかそういうものだけではなくて、精神的にまとまりを求めたがるものだと思います。
簡単に言えば、自分や自分の考えを認めてくれたり、理解してくれたりする人が欲しい、ということです。
それは、宗教であったり、家族であったり、友人であったりすることと思います。
そのようなまとまりを求める場合、同じ世界に住んでいる人だからわかってくれるはずだ、という思い込みを前提として話をすることがよくあります。
そこに落とし穴があると思うのです。

「わかってくれはずだ」→「理解してもらえなかった」という変化を辿ることによって、「裏切られた」という思いを持ってしまいます。
「裏切られた」という被害妄想は悪循環の始まりです。あまりよいことではないと思います。

そこで、「誰一人として同じ世界に住んではいない」ということを思い出してみましょう。
同じ世界に住んでいないのだから、わかってもらえないことの方が多いと最初から思い、それを前提として、話す内容や順番を考えたりすることはもちろん、こちらの話だけではなく相手にも考えがあるのだからしっかりと話し合って、お互いの意見を尊重しよう、という姿勢が大事なのではないかと思うのです。

それを忘れてしまうと、考えが違うから排除しようという動きになってしまうことがあります。
極端な例ですと、それが宗教戦争であったり、派閥争いという形で表れてきます。

仕事においても同じです。同じ職場で、なおかつ同じプロジェクトに関わっているから、これくらい話せば通じるだろう、と考えず、何回か重複してもいいから復習の意味をこめて同じ内容から話し始めることはよいことだと思います。
相手が「それはもう知っているよ」と言う反応をしてから内容を変えても遅くないでしょう。やりすぎはよくないですが。。。

さらに、日常の話し方一つを取り上げてもそうです。
意見や価値観が違うからわかってもらえないと思って話す、あるいは持っているデータがあまりにもお粗末過ぎるから馬鹿にして話す、という態度は当人の立場はもちろん、傍から聞いていても聞き苦しいものです。
政治家が揚げ足を取り合うような口調で話すさまを見ていると、本当にがっかりします。

いわゆる思いやりを持って、お互いを尊重することを第一において行動すれば、新しい視野で物事を見ることができるのではないでしょうか。
posted by replicants at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

見えてる?

最近成分解析をやっていないのに、先週の成分解析のおかげでアクセス数が高止まりしています。
成分解析Web版を見つけましたので紹介しておきます。こちらです。

一昨日、「感染」を見たのですが、その中の一シーンに、「見えているとはどういうことなのか」、みたいな一節がありました。
私も子供の頃から似たようなことを考えていました。赤はなんで赤いのだろう、と。
もちろん可視光のうち赤以外の波長の色を吸収して、赤だけを反射するから赤く見える、という科学的説明はわかるのですが、みんなにも赤い色が同じように見えているのだろうか、と。
つまり、自分が赤だと思っている色は、隣の人にとっては緑なのかもしれない、自分が緑だと思っている色を隣の人は赤だと認識しているかもしれない、ということです。
その人にとっては、生まれたときからその色を赤だと思っているから赤としか思えないと言うことです。
不思議だと思いませんか?

上で書いたのは、色は人によって見ている色が全然違う可能性があるというお話でした。
それでは、色だけではなくて「もの」自体はどうでしょう。
自分には見えていても、他のひとには見えていないかもしれない。
いちいち見えているものひとつひとつの存在をお互いに確認していたらきりがありませんよね。
「実は自分だけにしか見えていないもの」、そういうものが自分の周りに存在しているかもしれません。

それでは、「色」や「もの」だけではなくて、「見える」と言うのはどういうことでしょう。
「見える」と言うのは、自分の目が光を捉えることができる範囲でしか通用しませんよね。
つまり、背中側のものは「見えていない」ということです。
自分が見えている範囲は限られています。
もっと言うならば、一生のうちで行動する範囲、見る範囲はごくごく限られたものです。
ひとが行動している間にいろいろな物が変化し、移り変わっていっています。
自分がいま見ているものは、その一瞬しか見ていないのです。
次の瞬間には別のものに変わっているのです。
だから、死ぬまで見ないものの方が圧倒的に多いことになりますね。

もちろん、「見る」だけではなくて、「音」であったり、「触感」であったり色々感じることができますし、「そのもの」を見なくても本とか図鑑とかから「想像」して世界を形作るものですよね。
たとえ、テレビであっても結局は平面ですし、実際に見るのと違うこともよくあると思います。
テレビのように動くものを視覚的に表現できる媒体でさえ、情報はかなり欠落しているのです。
だから、「実際に見る」よりも「想像」によってものを認識することの方が多いのではないかと思います。

人間の感覚は8割以上視覚に支配されていると言われますが、自分の形作る世界、「自分が生きている世界はこんな世界だ!と思っている世界」は、大方想像によって作られてるのではないでしょうか。

誰一人として、同じ世界に住んでいるひとはいないのです。

ここから色々な話に発展していくのですが、それはまた別の機会に。
posted by replicants at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

タイトル変えました

日記のタイトルを「いろいろ日記」から変更しました。
いろんなことを書いていこうと思って欲張った題名にしていましたが、書きたいことがぼやけてしまうのと、インターネット上で日記を書くからには目的を持って書きたいなと思って、変更しました。
ジャンルとしては今までどおりreplicantsの興味のあることを中心に書いていきます。
replicantsの日記は、書き方によって読んでいるひとに悲観的な印象を与えることがあるようです。それはreplicantsの意図したことではないです。
すべての日記の裏には、「まだまだ捨てたもんじゃないよ。みんな、がんばっていきましょう!」という気持ちがこめられています。
記事を読んで、読者の息抜きになったり、みんなが元気になってくれればいいなーと思っています。
posted by replicants at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

ブログ始めました

今日からブログ日記を始めることになりました。
ブログは始めてみたいなと思いつつ、Movable typeとかを勉強してたのですが、当時は有料のところが多かったので踏み切れませんでした。
インターネット上の日記ということでは学生時代に研究室で日記を書いていたので、初めてではないのですが。

ブログは更新が命、ということで、がんばって更新して行こうと思います。

ちなみに、replicantsというのは今は亡きパソコン通信時代に、ネット上のバーチャルな分身という意味をこめてよくハンドル名として使っていたものです。
「replicant」だと取られていたので、「replicants」にしました。なんかIDをとるときに思いついたものが取られていたら、「s」をつけて複数形にしたら結構取れたりするもんなんですよね。(豆知識)
posted by replicants at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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