2011年06月19日

急がば回れ

急がば回れ。
最近、この言葉がふと頭に浮かぶことが多くなってきました。
1つは仕事。1つは政治。1つは日常です。

私も多くの人と同じように、社会に出て最初は右も左もわからない状態で、時間の使い方も生活のリズムもうまく調整できませんでした。
それでも、なりふり構わず、何をやっているのか・何をやればいいのかを理解するため、また、チームの力になれるように努力したものです。
そして、多くの職業と同じく締め切りがあり、それに向けて仕事をする必要がありました。
そこで経験上感じたことです。
締め切り間際に多くの課題を抱えている場合、時間的に余裕がないので課題を解決するための答えを急いで求めたいことが多いのですが、短絡的に導きだした答えというのはたいてい後々まで尾を引き、悪影響を及ぼすということです。
勉強するときも同じですが、条件反射的・瞬間的に導き出したような答えは、練られておらずあさはかなものであることが多いです。
もちろん、瞬間的に導きだした答えが正しいことが多いひともたくさんおります。
私自身は瞬間的にリーズナブルな答えを導き出すのが苦手だということです。
さらに、私のようなタイプの人が周りにたくさんいると感じており、また、その自覚がない人が多い感じがしています。
そのような自覚がない人は先にも書いた通り、締め切り間際にあせってしまい、瞬間的に導きだした答えがリーズナブルでなく、結局後々に悪影響を及ぼすパターンにはまってしまっていることが多いように見受けられます。

2つめに政治です。
いまの政治での急がば回れ。
言うまでもなく、首相の交代の話です。
マスコミや一般市民の一部に、震災からの復興を優先させ、首相の交代は先延ばしにすべきだという意見がありますし、首相自身もそのように言っています。
私自身は首相は早々に交代すべきだと思います。
それが震災復興への近道であると思います。
先に書いた1つめの仕事の話と同様で、眼前に課題があるのでその課題をいち早く解決せねば、という強迫観念が強いのではないかと思います。
冷静になっていままでの事実を分析してみれば、首相が居座ることが復興の近道にはなりえないことがわかると思うのです。
ただし、代わりのひとは誰がよいかと言われると思いつきませんが。
少なくとも、官僚を叱責し委縮させるような雰囲気を作り出すことがないようなひと、他の人の意見をよく聞き、合理的かつ論理的にリーダーシップをとれるひと、私利私欲・支援者などを政策の手掛かりにしないひと、政治をショーにしないひと、であれば誰でもよいと思います。
そんな人がいないということなんですよね。。。

3つめは日常です。
最近、電車が遅れることがよくあります。
こんなとき、結構な割合の人が一歩でも早く行こうと急ぎたがります。
そんな人たちは、電車に乗る時は一本でも早い電車に乗ろうと駆け込み乗車しますし、歩いている時には人を1人でも多く追い抜いて行こうと速足で歩きます。
確かに人との待ち合わせ時間に間に合わないということがあるかもしれません。
また、会社の始業時間に遅れるということがあるかもしれません。
会社に一分でも遅れたら有休扱いにされる会社がまだたくさんあります。
確かに大事な打ち合わせに遅刻するのは言語道断ですが、ぎりぎりの時間に行こうとした方がよくないとも言えます。
(「急がば回れ」というか単なる「ゆとり」の問題かもしれませんが。)
また、現代っ子なのかもしれませんが、現代は携帯電話が普及しており、何があったかはすぐに先方に伝えることができますし、会社に連絡することもできます。
これが悪しき日本の文化なのかなと感じます。
震災と原発事故の影響で節電せざるをえなくなったいまの状況だからこそ、悪しき文化を変えるチャンスなのではないかと思っています。
電車が遅れてもゆっくり歩いた方がいいよ、ということではなく、全体最適を考えられるようなゆとりをもてる世の中になってほしいなぁと思うのです。

「急がば回れ」

いい言葉があるのに、実践できない世の中に息苦しさを感じます。
こんなことを考えるのは年をとってきて、気持ちに余裕ができるようになったからかもしれません。
でも、気持ちに余裕がないひとって年配の人に多いなぁと思う今日この頃です。それはまた別の話。
posted by replicants at 01:38| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月23日

身近なところから

またもや久々の更新となりました。
震災のことは書かずにいられないですね。
私や私の家族、周りの友人、知人はとりあえず無事でした。

今回の地震が起こった日からいろんなことが刻々と変化し、いろんな角度からたくさんの記事、ブログ、tweetが書かれており、
まだまだ捨てたもんじゃない話もたくさんありますが、今回はちょっと身近なところで記事にしておきたかったことがあるので書いておきます。
(これから書くことと同じことを書かれている方はたくさんいると思いますが。)

地震が起きて、深刻な被災地ではない首都圏の方達の興味は目下被害の大きさや原発への対応ではなく、一番には自分の健康への被害ではないでしょうか。
福島の原発からの放射性物質による農作物、土壌、水への影響が懸念されています。
昨日、ほうれん草などの葉ものから規定量以上の放射線が検出されたというニュースもありました。

先週末、うちの米が底を尽きそうだったので、うちの奥様がスーパーにいって米を買ってきました。
物資が不足しているという割に普通に買えたのか〜、と思っていました。
しばらくしてうちの奥様が気づきました。
「福島産ひとめぼれ」
福島産だから売れていなかったのかと。確かに、福島県産のものが売れていないというニュースもあった気がします。
とりあえず、何か安心できる材料はないかと、米袋の情報を見ます。
精米日が3月19日と書かれています。販売者は神奈川県内の業者でした。それ以上の情報はありませんでした。
被災地に物資が足りないと行っているのに、震災後に福島県から米が首都圏に輸送されてくることは考えられないのですが、
うちには小さい子がいるので確信を持ちたいところです。

というわけで、販売業者に電話してみました。
問い合わせが多いからか、答えがすぐに返ってきました。
福島県産のお米は去年のうちにすべて各販売業者の倉庫に運ばれているはずとのこと。
ですので、安心してくださいということでした。
いやな対応一つせず、親切に答えてくださいました。
というわけで、我が家で購入したお米は大丈夫そうです。

スーパーで売れ残っている福島県産のお米があったら安心して買いましょう!
心配な人は電話して聞いてみることをおすすめします。
posted by replicants at 00:01| 神奈川 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月23日

充電

1年日記を書いてないですね。
(実はちょっとtwitterやってたりしますが。)
それでもチェックしてくれるひとがいるみたいなので、こっそり更新。

去年は忙しくしていて、あまり自分のペースで物事が運べなかったのでしんどい感じでした。
基本的に忙しいのは嫌いではないのですが、強制される忙しさには弱いことがわかりました。
負のスパイラルにはまっていた感じもありました。

今年はもう少しゆとりを持って、色々なことに挑戦しつつ、去年できなかったことにも取り組んでいこうかなと思います。
日記ももう少し書く頻度を増やしたいなぁ。
posted by replicants at 00:16| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

危機感

あけましておめでとうございます。
昨年は案の定あまり更新できませんでした。
色々あって今にして思えば楽しい1年でした。
今年1年はどういう年にしましょうか。

1年の最初ということでぼんやりしたお話でも書こうと思います。

最近、自分の周りや、世間的にも危機感が欠如しているように思います。
いまさらですが昨年の政府による仕分け作業からもその一端が垣間見えると思います。
各事業の担当者が、仕分け人が納得するような根拠を示し切れていないものもあったようです。
各事業に対して莫大な税金が支払われているにも関わらず、その意識が薄かったのかもしれません。
各事業のコストの説明は、お金をとってくる、言わば営業的な活動という見方もできるかと思います。
そういう意味で準備が不足気味だったものもあるのかもしれません。
仕分け作業自体が今回初めての試みであり、準備期間が十分に取れないという背景もあったかもしれませんし、これからは税金の重みを感じて活動してほしいものです。

仕分け作業自体、予算の削減が目的であり、国としての方向性を決めるものではないのかもしれません。
しかし、国としての方向性なくして仕分けはできないと思います。
国としての方向性が定まっていない、定めることができないところに危機感の欠如を感じます。

世界的に情報が氾濫しており、国の違いによる情報的な格差は少なくなっている面があります。
そうなると、資源などのわかりやすいものによって格差が生まれることになります。
日本には資源が少ないと言われています。
情報で国をけん引するのであれば、常にトップを走り続ける必要があります。

国を支えるのは産業です。
会社レベル、個人レベルでも同じようにトップを走り続ける気持ちがないといけないと思います。

個人的には、今の日本は過去の遺産を切り売りして食いつないでいる感じがしてなりません。

国のレベル、会社のレベル、個人のレベルで将来的なビジョンをそろえる必要があると思いますが、どうなるんでしょうか。

今年もよろしくお願いします。
posted by replicants at 23:50| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

日記じゃないですね

お久しぶりです。
記事を投稿するときにカテゴリ・ジャンルを選択するのですが、「日記」にしました。
明らかに日記じゃないです。

さて、長い間空いてしまいましたが個人的に色々ありました。
実は軽度のうつ状態になっていた時期がありました。
いまは回復しているつもりです。
何人かのひとにご迷惑をおかけしたことと思います。すいません。

お友達のn嫁さんが、
「プラス思考でいこう!と思っている人ほど、うつになりやすい」
と言っていたことを思い出しました。
確かにそのとおりだったのかもしれません。

うつの話ですが、私の会社の健康診断では、身体検査だけでなく精神的ストレスの検査のための問診票記入があります。
身体検査かストレス検査のどちらかで問題があった場合、面談を設定し、結果を担当の方が教えてくれるシステムになっています。
その教えてくれる方は医者でもありませんし、何をやってくれるのかいまいちわかりません。

私は両方でひっかかったので面談を設定されました。
実際に面談があったのは検査後1カ月半後くらいでしたので、そのころはだいぶ回復していたつもりでした。
面談では心配はしてくれるのですが、特に対策を言ってくれるわけでもありませんでした。
診断は医者しかしてはいけないので、何も言えないのかもしれませんが。

「ストレスの原因に思い当たる要因はありますか。」
と聞かれたので、まず
「はい」
とだけ答えました。
面談の時間も短いですし、具体的に内容を言ったところで何をしてくれるのかもわからないので。
でも、具体的な内容を聞かれたので、
「自分の話が相手に通じているかわからないので、それが気にかかっている」
というような内容を話しました。そしたら、
「確かにお話しなさっている内容が私にはよくわかりません」
と言われました。
おいおい、精神的なケアを少しでもしてくれる立場じゃないの?
と思いました。
余計にダメージを受け、やっぱりうまく伝えられないんだと思い、うつ状態に戻りそうになりました。
なんだったんでしょう、この面談。。。

さて、だいぶ回復してきましたので、ブログの更新をしばらくがんばってみようと思います。
よろしくお願いします。

posted by replicants at 01:39| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月11日

バイオリズム

ちょっと時間が空いてしまいました。
今日は最近の話とは関係のない話です。

個人的な話ですが先週あたりから運がよくありません。
人にはぶつかるし、知らない人からキレられるし。
仕事もあまりうまくいっていません。
体調もよくないですし。
こんなときは精神的にもまいってしまいます。

そんなところに大学時代の先輩の訃報が飛び込んできました。

個人的なバイオリズムとは全く関係ないのですが、
悪いことは続くときには続くものなのかなと思ってしまいます。

学生時代なら外出は最低限にしてうちに引きこもるところなのですが、
そうも行きません。
ブログ開設の意義であるところのプラス思考を忘れずがんばってみようと思います。

私の話はおいといて、大学時代の先輩の話はショックでした。
みんなで楽しく遊んだことが思い返されます。

いままでの人生で何人かの友人をなくしてきました。
そのたびに空虚な気持ちになりました。
今回もそうです。
私よりも近しいひとがたくさんいらっしゃいますし、そんな
あとに残された周りの人たちの気持ちはもっともっとやるせないもの
なのだろうと思います。

ほんと、何があったんでしょう。何が悪かったんでしょう。
posted by replicants at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

どうやったら使うのか・・・

間が空いてしまいました。

さて、使おうと言われてもなかなか財布の紐はゆるくなりませんよね。
使ったから給料が増えるなんて、風が吹けば桶屋が儲かるような話です。
それでも国としては何か対策をうつ必要があるのです。
そこで2兆円を使ったばらまき政策。
たまたま予算委員会を聞いていたのですが、消費喚起・景気回復・生活弱者支援などなどを目的にしていると。
(選挙時の人気獲得も狙っているらしいですが。)

一石三鳥を狙い、結果、ぼんやりしたものになっているようにしか聞こえませんでした。
思い切って1年間は消費税を無料にするとかやってほしいものです。
1年間の消費税収入は10兆円。
これくらいは景気対策の費用として計上してほしいものですね。
でも減税だとお金が廻らなくなるからだめなのかな。

話は変わりますが、中川財務大臣が朦朧会見で辞任してしまいました。
日本は他国に評価されるような対策を提示できませんでした。
ところが、急激な円安になるでもなく、株価が一気に下落するでもない状態でした。

日本という国は金融危機に対して特に対策をしなくてもマーケット自体に影響はない状態になってしまっているということだと思います。
何かやっても意味はなく、何もやらなくても意味はない。
少し言いすぎかもしれませんが、過去の政策の規模を見ても意味のある対策を打てていないのが現状です。
財務大臣という重要な役職を兼務にしてしまうという、何も考えてないようなことをしてもマーケットは反応していません。

日本では国に期待してはいけないということでしょう。
金融危機を救うのは国民です。
それを考えていかないといけない。
どうやって景気を好転させるのか。
(もちろん、消費を滞らせてはいけないので、消費することはある程度意識する必要があると思います。)

次は、そのあたりの話を書こうかな、と思います。

posted by replicants at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月06日

いくら使えば・・・

昨日のつづき。
では、いくらくらい使えばいいのでしょうか。
なんだかちょうど政府が景気対策のために税金ばらまきをやろうとしているところでした。
1人12000円。総額2兆円だそう。
ほとんど景気に影響はないと言われています。
少なくともその10倍は必要だという人もいます。
ということは1人120000円。総額20兆円。
景気対策のため、多めに1人20万円としましょう。わーい(嬉しい顔)
1人暮らしならテレビ1台でも買えば十分。
5人家族なら100万円です。
くるま1台買えば十分ですね。
そういえば、役員以上はくるまを1台買うことにした会社もありましたね。
金額的にあながちあなどれないバランス感覚ですね。

景気対策のためにはものを買う以外に金融商品を買ってもいいでしょう。
いわゆる投資ですね。
株を買えば企業が復活します。

さて、内需拡大のお話でしたが、このまま日本の産業を活性化させることが本当によいことなのかどうか。
それはまた次の機会に。
posted by replicants at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

バブルと適正価格?

今回の不景気は
・サブプライムローンのこげつき
・リーマンなどの破綻
・原油価格の低下
・中国特需の減退
などが絡み合って同時に発生しているのが原因の1つと言えると思います。
これらはそれぞれ
・住宅価格
・金融商品
・原油価格
が適正価格ではなく、どんどん価格が上がっていきバブルの状態になっていました。
それが崩壊し適正価格に戻り始めたため、ネガティブスパイラルに入ったと言えると思います。

さて、ここまでの話は巷で言われているようなことです。
しかし、実際、バブルってなんでしょう。適正価格ってなんでしょう。
よく適正価格ではないこと、高かったらインフレ、安かったらデフレと言います。
では、適正価格ってどうやって決まるんでしょう。誰かが決めているの?
もちろん、誰かが決めているものではなく、市場に出て決まるものでしょう。

実際には消費者物価指数など何らかの基準はいくつかありますが、個人的には大きな意味はないと思います。
過去と比べることに何の意味があるのでしょうか。
国としてどの産業をどれだけ伸ばすのか、それとも現状維持なのか、縮小させるのか、それによってその数値がもつ意味が変わりますし、
需要と供給のバランスによっても変わるからです。

閑話休題。適正価格の話に戻りましょう。
ざっくり言うと、ものの価格というのは欲しい人がこのくらいまでなら払いましょう、このくらいなら買いません、
という需要する側の心理と、供給側のコストによって、絶妙なバランスの上で決まっていると思います。

現在、日本ではユニクロやマクドナルドが元気です。
AppleもiPod, MacBookが相変わらず好調です。
不景気だと言っても、高いお金を出して買う人はおり、売れているものはあるわけです。
売れているものは多少値段を上げても売れます。
売れる量は減るかもしれませんが、一気にゼロになることはないでしょう。
値段はテキトーだということです。生き物だということです。

ここまで書いてきましたが、言いたいことは、価格は誰かが絶対的に決めているものではなく、相対的なものであること。
バブル状態になって、崩壊したら経済危機が発生してしまうのなら、
最初からバブル状態をつくらなければいいんじゃない、
ということを言う人がいるかもしれませんが、価格は生き物です。
欲しい人が殺到すれば価格は上がります。
ですので、今後もバブルを避けることはできないでしょう。
(バブルが発生しやすい、あるいはそれを誘発するような金融商品を禁止すればある程度の抑止にはなると思います。)

では、どうすればいいのか。
アンテナを張り巡らし、いち早く次のバブルに乗って蓄えをつくることです。
バブルに乗る、というと聞こえが悪いかもしれませんが、儲けられるときに儲けておけということです。
普通の商売と同じですね。

いまはネガティブスパイラルに入ってしまって消費が冷え込んでいますが、景気を回復させるには消費行動が必要です。
そのうち、いつか何かが流行ったり、どこかの国で特需が発生したりすることによって、世界の景気は回復していくでしょう。
ちょっと前で言うとBRICsやVISTAなどがありましたね。

さて、少し身近な話をしますが、経済が活発化すると給料が増えるのは周知のことと思います。
しかし、いまは消費が冷え込んでおり、経済が活発ではありません。
このせいで給料は減らされます。
給料を増やすためには、日本経済を活発化させることが必要です。
日本経済を活発化させるには内需拡大が必要です。
つまりは、日本の会社の製品・サービスを購入することにより、経済が活発化し、給料が増えるということです。
ネガティブスパイラルはみんなの消費行動で断ち切れます。
こんなときこそ、色々買いましょう!国内の製品を。
posted by replicants at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

近視のはなし

前回視力の話を書きましたが、wikipediaで近視を調べたところ、近視は成長とともに進むとのこと。
流し読みしかしてないので詳しくは見てないのですが、成長するにつれて目も成長するので、焦点がずれていくようです。
大人になっても視力がよいひとは、子供ころは遠視傾向にあるようです。
これに従うと、成長期に近視が進みやすく、成長が鈍化してきたら近視は進まなくなるということになります。
年をとって、目のレンズを調整する筋肉が弱くなってきたら、また度が進むみたいですが。
今回度が進んだのはなぜでしょう。。。
でも、成長期よりは度の進みが弱いので合ってるのかもしれません。

それから、目の検査で出る近視度合い(-4.00Dとかいうやつ)ですが、その数値どおりのメガネやコンタクトを使うことがその人が一番見えるようになるものでもないらしいです。
定量化できないってことなんでしょうか。
それとも、ひとが見ているものって、価値観とかによって違うのかもしれませんね。
度の強いメガネを使って見たくないものまで見えてしまうのがいやなひとと、いままでぼんやりしていたものがはっきりして、見えなかったものまで全て見えるほうが安心するひとがいるからでしょうか。
人って、自分が見ているものを知らず知らずのうちにフィルタにかけているのかもしれませんね。
posted by replicants at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

見ているもの

また続きですが、違う切り口で。

前も書きましたが、人には「見えているもの」と「見えていないもの」があります。
それから、「同じ世界を生きている人はいない」とも書きましたが、物理的に存在しているものは1つしかありません。みんな、同じ宇宙・地球の上で生活しています。
その「みんなが生活している世界」は、多くは「見えていないもの」から構成されていることになります。
なぜなら、自分ひとりでは経験できることが限られているからです。一生本を読み続けても、いままでに刊行された本・これから刊行される本の全てを読むことはできないのです。
そういう意味で「見えていないもの」で「みんなが生活している世界」は構成されているのですが、別の意味でも「見えていないもの」で構成されています。
それは、自分が見える範囲にいても見えないもの、です。
真っ先に思いつくのは空気でしょう。

空気は無味無臭の気体です。
普段生活しているときにその存在を意識することは多くありません。
無味無臭の気体はどんなものであっても、意識されることは少ないと言うことです。
そのような気体で言うと、いろいろな気体があります。サリンガス・自動車の排気ガス・アスベスト粉塵。
空気そのものの温度が上がっても、温暖化という自然に多大なる影響を与える現象となってしまいます。

液体に関しても、毒薬や薬剤が入っているかどうかは見た目ではわかりません。
透明の点滴を使用するときも、溶けている物質が違えば大事です。
酸性雨もそうです。phが少し酸性よりになるだけで、生態系には大きく影響します。
紫外線も宇宙線も同じです。

このように、見えないものの影響は気づくのに時間がかかったり、あるいは気づく方法が難しかったりするため、影響が大きくなると言えます。

見えないもの、環境に影響するもの以外にもまだあります。

音です。

音楽は人のこころを癒してくれます。
音楽が鳴る前と鳴った後で形が大きく変わるものはありません。

音楽だけでなく、人は言葉で会話をします。
メールや手紙、書類であれば、渡したかどうか、読んだかどうかなどは記録すれば、証明することができます。
しかし、言葉はそうはいきません。

言った言わない・聞いた聞いていないの水掛け論に発展することがあります。

証拠や記録を残す、というのは、それ自身の意味でも大事なことです。が、「見えないもの」に注意するという観点からも、大事にしなければならないことなのではないかなと思います。

本を読むとき、しばしば「行間を読め」と言われますが、もっともなことだと思います。

みなさんも「見えるもの」ばかりにとらわれず、「見えないもの」により注意を払う意識をもってはいかがでしょうか。
posted by replicants at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

相互理解

前回の続きです。

色がひとによって違う色に見えているかもしれない、ひとによってものの存在の認識が違うかもしれない、と前回書きましたが、みなさんもおわかりのように、これらははっきりいって詭弁です。
ただ、こういう考えで物事を見直すことで、新たな発見のきっかけになるかもしれないと思っています。

最後に書いた「人は誰一人として同じ世界に住んでいない」というのは、一番重要なことで、意識する必要があるかなと思ってます。
人というのは、一人では生きていくことができません。それはキャッシュフローとか、助け合いとか、社会の分業体制とかそういうものだけではなくて、精神的にまとまりを求めたがるものだと思います。
簡単に言えば、自分や自分の考えを認めてくれたり、理解してくれたりする人が欲しい、ということです。
それは、宗教であったり、家族であったり、友人であったりすることと思います。
そのようなまとまりを求める場合、同じ世界に住んでいる人だからわかってくれるはずだ、という思い込みを前提として話をすることがよくあります。
そこに落とし穴があると思うのです。

「わかってくれはずだ」→「理解してもらえなかった」という変化を辿ることによって、「裏切られた」という思いを持ってしまいます。
「裏切られた」という被害妄想は悪循環の始まりです。あまりよいことではないと思います。

そこで、「誰一人として同じ世界に住んではいない」ということを思い出してみましょう。
同じ世界に住んでいないのだから、わかってもらえないことの方が多いと最初から思い、それを前提として、話す内容や順番を考えたりすることはもちろん、こちらの話だけではなく相手にも考えがあるのだからしっかりと話し合って、お互いの意見を尊重しよう、という姿勢が大事なのではないかと思うのです。

それを忘れてしまうと、考えが違うから排除しようという動きになってしまうことがあります。
極端な例ですと、それが宗教戦争であったり、派閥争いという形で表れてきます。

仕事においても同じです。同じ職場で、なおかつ同じプロジェクトに関わっているから、これくらい話せば通じるだろう、と考えず、何回か重複してもいいから復習の意味をこめて同じ内容から話し始めることはよいことだと思います。
相手が「それはもう知っているよ」と言う反応をしてから内容を変えても遅くないでしょう。やりすぎはよくないですが。。。

さらに、日常の話し方一つを取り上げてもそうです。
意見や価値観が違うからわかってもらえないと思って話す、あるいは持っているデータがあまりにもお粗末過ぎるから馬鹿にして話す、という態度は当人の立場はもちろん、傍から聞いていても聞き苦しいものです。
政治家が揚げ足を取り合うような口調で話すさまを見ていると、本当にがっかりします。

いわゆる思いやりを持って、お互いを尊重することを第一において行動すれば、新しい視野で物事を見ることができるのではないでしょうか。
posted by replicants at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

見えてる?

最近成分解析をやっていないのに、先週の成分解析のおかげでアクセス数が高止まりしています。
成分解析Web版を見つけましたので紹介しておきます。こちらです。

一昨日、「感染」を見たのですが、その中の一シーンに、「見えているとはどういうことなのか」、みたいな一節がありました。
私も子供の頃から似たようなことを考えていました。赤はなんで赤いのだろう、と。
もちろん可視光のうち赤以外の波長の色を吸収して、赤だけを反射するから赤く見える、という科学的説明はわかるのですが、みんなにも赤い色が同じように見えているのだろうか、と。
つまり、自分が赤だと思っている色は、隣の人にとっては緑なのかもしれない、自分が緑だと思っている色を隣の人は赤だと認識しているかもしれない、ということです。
その人にとっては、生まれたときからその色を赤だと思っているから赤としか思えないと言うことです。
不思議だと思いませんか?

上で書いたのは、色は人によって見ている色が全然違う可能性があるというお話でした。
それでは、色だけではなくて「もの」自体はどうでしょう。
自分には見えていても、他のひとには見えていないかもしれない。
いちいち見えているものひとつひとつの存在をお互いに確認していたらきりがありませんよね。
「実は自分だけにしか見えていないもの」、そういうものが自分の周りに存在しているかもしれません。

それでは、「色」や「もの」だけではなくて、「見える」と言うのはどういうことでしょう。
「見える」と言うのは、自分の目が光を捉えることができる範囲でしか通用しませんよね。
つまり、背中側のものは「見えていない」ということです。
自分が見えている範囲は限られています。
もっと言うならば、一生のうちで行動する範囲、見る範囲はごくごく限られたものです。
ひとが行動している間にいろいろな物が変化し、移り変わっていっています。
自分がいま見ているものは、その一瞬しか見ていないのです。
次の瞬間には別のものに変わっているのです。
だから、死ぬまで見ないものの方が圧倒的に多いことになりますね。

もちろん、「見る」だけではなくて、「音」であったり、「触感」であったり色々感じることができますし、「そのもの」を見なくても本とか図鑑とかから「想像」して世界を形作るものですよね。
たとえ、テレビであっても結局は平面ですし、実際に見るのと違うこともよくあると思います。
テレビのように動くものを視覚的に表現できる媒体でさえ、情報はかなり欠落しているのです。
だから、「実際に見る」よりも「想像」によってものを認識することの方が多いのではないかと思います。

人間の感覚は8割以上視覚に支配されていると言われますが、自分の形作る世界、「自分が生きている世界はこんな世界だ!と思っている世界」は、大方想像によって作られてるのではないでしょうか。

誰一人として、同じ世界に住んでいるひとはいないのです。

ここから色々な話に発展していくのですが、それはまた別の機会に。
posted by replicants at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

タイトル変えました

日記のタイトルを「いろいろ日記」から変更しました。
いろんなことを書いていこうと思って欲張った題名にしていましたが、書きたいことがぼやけてしまうのと、インターネット上で日記を書くからには目的を持って書きたいなと思って、変更しました。
ジャンルとしては今までどおりreplicantsの興味のあることを中心に書いていきます。
replicantsの日記は、書き方によって読んでいるひとに悲観的な印象を与えることがあるようです。それはreplicantsの意図したことではないです。
すべての日記の裏には、「まだまだ捨てたもんじゃないよ。みんな、がんばっていきましょう!」という気持ちがこめられています。
記事を読んで、読者の息抜きになったり、みんなが元気になってくれればいいなーと思っています。
posted by replicants at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

ブログ始めました

今日からブログ日記を始めることになりました。
ブログは始めてみたいなと思いつつ、Movable typeとかを勉強してたのですが、当時は有料のところが多かったので踏み切れませんでした。
インターネット上の日記ということでは学生時代に研究室で日記を書いていたので、初めてではないのですが。

ブログは更新が命、ということで、がんばって更新して行こうと思います。

ちなみに、replicantsというのは今は亡きパソコン通信時代に、ネット上のバーチャルな分身という意味をこめてよくハンドル名として使っていたものです。
「replicant」だと取られていたので、「replicants」にしました。なんかIDをとるときに思いついたものが取られていたら、「s」をつけて複数形にしたら結構取れたりするもんなんですよね。(豆知識)
posted by replicants at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。