2006年04月12日

相互理解

前回の続きです。

色がひとによって違う色に見えているかもしれない、ひとによってものの存在の認識が違うかもしれない、と前回書きましたが、みなさんもおわかりのように、これらははっきりいって詭弁です。
ただ、こういう考えで物事を見直すことで、新たな発見のきっかけになるかもしれないと思っています。

最後に書いた「人は誰一人として同じ世界に住んでいない」というのは、一番重要なことで、意識する必要があるかなと思ってます。
人というのは、一人では生きていくことができません。それはキャッシュフローとか、助け合いとか、社会の分業体制とかそういうものだけではなくて、精神的にまとまりを求めたがるものだと思います。
簡単に言えば、自分や自分の考えを認めてくれたり、理解してくれたりする人が欲しい、ということです。
それは、宗教であったり、家族であったり、友人であったりすることと思います。
そのようなまとまりを求める場合、同じ世界に住んでいる人だからわかってくれるはずだ、という思い込みを前提として話をすることがよくあります。
そこに落とし穴があると思うのです。

「わかってくれはずだ」→「理解してもらえなかった」という変化を辿ることによって、「裏切られた」という思いを持ってしまいます。
「裏切られた」という被害妄想は悪循環の始まりです。あまりよいことではないと思います。

そこで、「誰一人として同じ世界に住んではいない」ということを思い出してみましょう。
同じ世界に住んでいないのだから、わかってもらえないことの方が多いと最初から思い、それを前提として、話す内容や順番を考えたりすることはもちろん、こちらの話だけではなく相手にも考えがあるのだからしっかりと話し合って、お互いの意見を尊重しよう、という姿勢が大事なのではないかと思うのです。

それを忘れてしまうと、考えが違うから排除しようという動きになってしまうことがあります。
極端な例ですと、それが宗教戦争であったり、派閥争いという形で表れてきます。

仕事においても同じです。同じ職場で、なおかつ同じプロジェクトに関わっているから、これくらい話せば通じるだろう、と考えず、何回か重複してもいいから復習の意味をこめて同じ内容から話し始めることはよいことだと思います。
相手が「それはもう知っているよ」と言う反応をしてから内容を変えても遅くないでしょう。やりすぎはよくないですが。。。

さらに、日常の話し方一つを取り上げてもそうです。
意見や価値観が違うからわかってもらえないと思って話す、あるいは持っているデータがあまりにもお粗末過ぎるから馬鹿にして話す、という態度は当人の立場はもちろん、傍から聞いていても聞き苦しいものです。
政治家が揚げ足を取り合うような口調で話すさまを見ていると、本当にがっかりします。

いわゆる思いやりを持って、お互いを尊重することを第一において行動すれば、新しい視野で物事を見ることができるのではないでしょうか。
posted by replicants at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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