2006年04月10日

見えてる?

最近成分解析をやっていないのに、先週の成分解析のおかげでアクセス数が高止まりしています。
成分解析Web版を見つけましたので紹介しておきます。こちらです。

一昨日、「感染」を見たのですが、その中の一シーンに、「見えているとはどういうことなのか」、みたいな一節がありました。
私も子供の頃から似たようなことを考えていました。赤はなんで赤いのだろう、と。
もちろん可視光のうち赤以外の波長の色を吸収して、赤だけを反射するから赤く見える、という科学的説明はわかるのですが、みんなにも赤い色が同じように見えているのだろうか、と。
つまり、自分が赤だと思っている色は、隣の人にとっては緑なのかもしれない、自分が緑だと思っている色を隣の人は赤だと認識しているかもしれない、ということです。
その人にとっては、生まれたときからその色を赤だと思っているから赤としか思えないと言うことです。
不思議だと思いませんか?

上で書いたのは、色は人によって見ている色が全然違う可能性があるというお話でした。
それでは、色だけではなくて「もの」自体はどうでしょう。
自分には見えていても、他のひとには見えていないかもしれない。
いちいち見えているものひとつひとつの存在をお互いに確認していたらきりがありませんよね。
「実は自分だけにしか見えていないもの」、そういうものが自分の周りに存在しているかもしれません。

それでは、「色」や「もの」だけではなくて、「見える」と言うのはどういうことでしょう。
「見える」と言うのは、自分の目が光を捉えることができる範囲でしか通用しませんよね。
つまり、背中側のものは「見えていない」ということです。
自分が見えている範囲は限られています。
もっと言うならば、一生のうちで行動する範囲、見る範囲はごくごく限られたものです。
ひとが行動している間にいろいろな物が変化し、移り変わっていっています。
自分がいま見ているものは、その一瞬しか見ていないのです。
次の瞬間には別のものに変わっているのです。
だから、死ぬまで見ないものの方が圧倒的に多いことになりますね。

もちろん、「見る」だけではなくて、「音」であったり、「触感」であったり色々感じることができますし、「そのもの」を見なくても本とか図鑑とかから「想像」して世界を形作るものですよね。
たとえ、テレビであっても結局は平面ですし、実際に見るのと違うこともよくあると思います。
テレビのように動くものを視覚的に表現できる媒体でさえ、情報はかなり欠落しているのです。
だから、「実際に見る」よりも「想像」によってものを認識することの方が多いのではないかと思います。

人間の感覚は8割以上視覚に支配されていると言われますが、自分の形作る世界、「自分が生きている世界はこんな世界だ!と思っている世界」は、大方想像によって作られてるのではないでしょうか。

誰一人として、同じ世界に住んでいるひとはいないのです。

ここから色々な話に発展していくのですが、それはまた別の機会に。
posted by replicants at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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